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マンミラ堂-MJとWuauquikuna、ときどきナダルの日々-

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あの日のこと 

つい数年前まで、まさか自分がブログを書くようになるなんて思いもしていませんでした。どちらかというと、そういうアヤシイ類のものは縁がないと思っていました。が、マイケル亡き後、いろいろなコミュニティに誘ってくれたファン仲間に「いつか書いてみて!」と背中を押されたのがきっかけでポツポツと始めました。

書いてみるといろいろ発見があり、断捨離じゃないけれど、アウトプットすることで新たな何かが取り込めるのだと実感するこの頃です。いつも読みに来てくださる方、改めてありがとうございます。
そして、あの日のこと。すでに5年がたち、たいそう今さらの感は否めないですが、書くのは初めてなので記してみたいと思います。

5年前の今日(というか、日本時間では6/26のAM4:26でしたが)、天気は晴れでした。梅雨どきなのに初夏の爽やかさに満ちていました。何も知らず、いつものように仕事に出かけた私。年の近い同僚が神妙な面持ちで近づいてくる。
その時、ピンときてしまいました。ああ、来るべき時が来たのだと思ったのを覚えています。
なぜなら、その一週間ほど前に、ひょんなことから同僚たちに「マイケルのファン」とカミングアウトして笑いを買っていたからです。当時まだマイケルの名誉は挽回されていなかったにもかかわらず、その笑いは私とのギャップを楽しむような感じで意外に冷たいものではありませんでした。

その中でも一番ウケていた同僚が、神妙な面持ちで近づいてくるのです。「まだご存知ないですか?」と口ごもりながら。
虐待疑惑でマイケルが鎮痛剤の中毒に陥っていたことも90年代から聞こえていたし、年を取らないように見えたマイケルが不惑を迎えたことが信じられない気持もあって、ずっと内心心配でたまらなかった2000年代。
大事な何かを目前に控えての一大事、というのも今までの経験上マイケルならありうる。。。
亡くなる3か月前の、ライブ開催の記者会見でも「これが最後のカーテンコールだ」とアナウンスしたマイケル。あれを聞いて何て不吉なことを言うんだろうと思ったこと。
一瞬に様々な思いが去来しながら目は点になっていたようです。

遠い異国の有名人で家族でもない、共に仕事をしたわけでもない、それなのにこんな気持ちになるのだと、それさえも驚きでした。しばらくは涙も出ず、いるべき人が「いない」状況が信じられず怖い、そんな気持ちでした。マイケルのライブDVDを見てもThis Is Itを見ても何も感じられず、ただ人の形をしたものが網膜に映っているだけ。数年そんな状態が続いてとても辛かったです。音楽やダンスだけでなく、マイケル自身の親子関係や葛藤に共感していたこともあり、それだけ無意識に心の支えになってくれていました。

松たか子の「桜の雨、いつか」の歌詞ではないけれど
「ありがとうと言ったら永遠にさよならになる」気がして、そういう言葉では5年たった今でも締めくくりたくない気持ちがします(聴きたい方はこちら

またつらつらと書き連ねていきたいと思うので、よろしくお願いしマス
いつか話題にするつもりのAlboradaによる、ちょっとのどかなHeal The Worldをどうぞ




(by マンミラ堂店主


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