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マンミラ堂-MJとWuauquikuna、ときどきナダルの日々-

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「Will You Be There」ということ(前篇) 

だいぶ前に「マイケルが映画 Free Willy のサントラを手掛けた理由」という記事を書きましたが、なぜ主題歌が「Will You Be There」だったのかということには触れずじまいでした。

もちろん、オルカ(動物)と少年の友情、あるいは孤独な二人の心の交流という筋書きと「Will You Be There」の歌詞がリンクしているのは誰が見ても明らかですが。。。

映画「Free Willy」からは少し離れて、マイケルの歌詞に注目したら違う世界が見えてきました。

といいますか、しんどかった時に「今心の奥では何を感じているんだろう」と我が身を振り返ったのがきっかけでした。

とてもつらい時というのは誰しも「誰かに頼りたい」とか「受け入れてもらいたい」と思うのではないかと思うのですが、では「頼る」って何を?となった瞬間、なぜか草原でゾウと寄り添っているイメージが浮かんできました。

福岡伸一さんの『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』という本で、密猟などによって仲間が死に絶え一人ぼっちになってしまったゾウの描写があってそれが記憶に残っていたせいでしょうか。その孤独なゾウは、なんと海に面した崖っぷちに立ち、海にいるザトウクジラと低周波で会話をしていたというのです。

具体的な支援というのは時と場合によって異なるけれど、どんな時も一番の根底にあるのは「そこにいてくれる」という実感なのではないか。苦悩がその人にとって出口の見えないものであればあるほど。

しかし待てよ?「そこにいてくれる」?――どっかで聞いたセリフだな。
あ!「そこにいてくれますか?」=「Will You Be There」!=「Free Willy」!と、ここでつながりました。

こういう使われ方をする時の“There”は、誰かが困難な状況にいることを暗に意味しています。
そして曲が脳内で突如再生。



Hold Me (抱きしめてください)
Like The River Jordan (ヨルダン川のように)
And I Will Then Say To Thee (そうしたら汝に言おう)
You Are My Friend (あなたは私の友だと)


この曲、当初から「You」とは誰を指すのか、神について歌っているのか(だからヨルダン川なのか)議論がありましたし、なぜわざわざ古語で「Thee」(汝)などと言うのかナゾな部分が多々ありました。

お馴染みの楽曲解説書『マイケル・ジャクソン コンプリート・ワークス』にも

「彼は自分が感じている苦しみの意味を理解し、それを乗り越えようと試みている。… Will You Be Thereは普遍的で、しかも彼の個人的な歌である。最後の言葉が愛する神へと向けられたものなのか、それとも人類全体へ向けられているのか。どちらにしても、人間の愛と理解へのシンプルな渇望という点で一致しているのである。」

という見解が述べられているのみで釈然としません。

でも、明らかにマイケルは何かを意図してこの歌を書いている。
「そこにいる」とは端的に言ったら「愛」ということは分かる。
じゃあ、愛って具体的に何?
「人間の愛と理解へのシンプルな渇望」というだけでは、「世界を癒そう」と歌っている割に、何だかマイケル頼りなくないか?
これは泣きごとを並べた歌なのか?――

その答えは一つの本が与えてくれました。

長くなるので続きは次回に

(by マンミラ堂店主)


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