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マンミラ堂-MJとWuauquikuna、ときどきナダルの日々-

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「Blood On The Dance Floor」、18年前の4/2にリリース 

マイケルのキャリアの中では「新しい」部類に入るこの曲は、実は1990年のアルバム『Dangerous』のために書かれたものでした。ニュー・ジャック・スイングと称された独特のスイング感は、敏腕プロデューサーであったテディ・ライリーの持ち味で、「Remember The Time」でも遺憾無く発揮されました。

若干の手直しを加えて1997年に『HIStory』のリミックス・アルバムのタイトル曲として日の目を見るようになった訳ですが、気の進まないリミックス集に抱き合わせで出さざるを得なかったマイケルの気持ちたるやいかばかりであったかと思うのです。


マイケルの楽曲を解説した『コンプリート・ワークス』は「マイケルの実験的なアルバム」と評していますが、リミックス集に関して言えば、あれだけ精魂込めたオリジナルをなぜ改変しなければならないのか、この頃すでにソニーとの不協和音は目に見える形となって表れていたように思います。

その中で、この曲を含む新曲5曲は異様な孤独と不気味さを兼ね備えていました。
「Ghosts」や「Is It Scary」の持つ気味の悪さを唯一「Blood On The Dance Floor」が明るい方へ引っ張っていこうとするけれども、やはりその歌詞はショッキングという・・・。
「Dirty Diana」の歌詞に似た、虚構とも私生活の暗示ともつかぬ世界を繰り広げています。

この曲はショート・フィルムも作成され、多くの国(特に欧州ではほぼ全ての国)でTOP10に入るヒットを記録しました。
ショート・フィルムを制作したのは、以前テレビドキュメンタリーにもなった振付師のヴィンセント・パターソン氏
同世代の彼をマイケルは深く信頼し、16年間の歳月を共にしていました。
そんなマイケルについてパターソンはこう振り返っています。

マイケルは、常に人とは友好的でした。共同作業の中で「良い考えだね!僕らはもっとそれを試してみよう。」といつも言っていましたが、その態度はセットの中だけに限らず彼の全ての局面に根ざしていました。ユニークで華麗な存在だったマイケルは、とても惜しまれるでしょう。本当にあまりにも早い死でした。


BOTDF.jpg
(マイケルと打ち合わせるパターソン)

ブラッド(血)を思わせる深紅の衣装に身を包んだショート・フィルムのマイケルは当時とても新鮮でカッコよく映りました。
後ろで三つ編みに束ねた髪型も絶妙です。

ストーリー性をあまり感じさせないマイケルらしくない構成にも関わらず、マイケルの特徴的な仕草一つ一つが浮かび上がるところがツボでありパターソンの意図を感じます。
また、このSFは最優秀国際ミュージック ビデオとして「ブラジル TVZ ビデオ賞」を受賞しています。



ヒストリー・ツアーでも2nd leg(後半の公演)からセットリストに加えられましたが、なかなかライブでも映える曲だっただけに日本公演でも聴くことができていたら興奮しただろうと思います。


(by カフェでブラッド・オレンジジュースを注文するとこの曲が浮かんでしまうマンミラ堂店主)



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