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マンミラ堂-MJとWuauquikuna、ときどきナダルの日々-

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「ケンブリッジ白熱教室」のマイケルについて 

先週金曜日の「ケンブリッジ白熱教室」、いかがだったでしょうか。

マイケルのことが知りたい人には物足りなかったかもしれないですね。マイケルを通して人生の意味を考えたい人には良かったのかなあ?

では、ちょっと長くなりますけど備忘録的にまとめてみようと思います。

戦々恐々とするサブタイトルでしたが、整形に関しては話の一部で触れられたものの、もっと大きな枠組みの中での話でした。そうだろうとは思いつつ、「美と醜悪の現象学」 って煽ったテーマ名だったなぁ(-。-)y-゜゜゜。まだまだマイケルを好奇な目で見る人向けなんだろうか?

それはさておき、マーティン教授はマイケルを好意的にとらえ、曲目なども引き合いに出しながら私たちに生きるヒントを示そうとしてくれた講義だったと思います。

*****

ネバーランドで子どもたちと過ごしたマイケルは児童虐待呼ばわりされたが、マーティン教授によればそれはエロティック(性的)なものではなく「ゼロティック」、つまりプラトニックなものだった、というところから講義は始まる。

僕は子供たちと一緒にいるのが好きなのです。子供たちは、(中略)僕らがもはや、感動することを忘れてしまったようなことに対しても感動するのです。とっても自然で、しかも自己中心的ではありません。(『ムーンウォーク』P288)

マイケルが最も大事に考えていたことが、ルソーの『エミール』との共通点をもって冒頭で示されたのは、かゆいところに手が届くようでした。

前半は、「マイケル・ジャクソンの新プラトン主義」ということで、ルソーやワーズワースとともにマイケルの言葉を紐解き、私たちが抱く理想に到達できず、苦しみながら生きている現実が示されました。

社会的な規則の中で、子どもはそれを乗り越えようとする存在だという訳です。でも、私たちはすでに人生で失ったものを取り戻すことができない。
(ここでマイケルのデビュー曲 I Want You Back が例に出る。この曲のもともとのタイトルが『自由になりたい』だったのも興味深い。)

マイケルの整形も、それ自体がどうこうという話ではなく、
整形=社会的な理想形に近づこうとしたマイケルの姿であり、一方、子どもたちと過ごすことで規範を乗り越えようとしたのだという一例として挙げられました。

そして今回のテーマ「美と醜悪」、プラトンのイデア論が有名ですが、美しいと感じるからそれを人は「理想形」と認識するのだと定義されます。
プラトンに言わせれば、理想形は生まれる前か死後にしか存在しない、つまり美しさとは幻想である。生きている間は理想形について考えるな、だそうです。

ということは、美とは反対の醜さが、私たちに残されたすべてなのか?

*****

ということで、後半は、自身も外見に強いコンプレックスをもっていたことで知られるサルトルを引き合いに、醜さについて考えていきます。

サルトルは書くことで自信をもち、醜さは取るに足らないものと言うようになりますが、それまではただ鏡に映った自分を見ているだけだった、というところでマイケルのマンミラが紹介されました。

マンミラがどういう経緯や意図で作られたかは承知の上で、学生さんからは「理想形からの脱却を図るというふうにも読めるのではないか」といった意見が出されました。ほお~そういう見方もあるのか。マイケルにも聞いてもらいたかったな。
ここまで考えてみると、「理想形」は実は理想じゃなくて煩悩?

ところで、サルトルは人はどんな時に「美」に到達できるのかを述べています。それは、自分が「モノ」化している時(自己客体化)。マイケルでいうと、ステージで手袋やマイクといったアクセサリーなどを身に付けた時だと。

モノ化というと言葉は悪く聞こえますが、サルトルが言いたいのは「実在(=マイケル)がついに本質(=才能溢れるパフォーマー)になり意味を帯びる」ということです。

*****

ここで私はマイケルのHIStoryの歌詞を思い出しました。
「皆がそれぞれ毎日歴史を作っていく。兵士は栄光の中で死ぬ」
という部分です。
戦争反対のマイケルが、なぜ「兵士は栄光の中で死ぬ」などと歌うのか、長い間疑問に思っていました。兵士の本質=戦い(の末の死)だから?

マーティン博士が理想の一要素である「崇高」について、「一時的な理想形であって、ある状態とある状態の間で不安定な状態にあるという感覚」と話すのを聞いて、マイケルの深い意図を感じずにはいられませんでした。ここでの「栄光」とは、「崇高」を主体的に言い表したものだと私は解釈しました。

しかし、その「崇高」とは音楽やダンスにも垣間見えるものと博士は言います。
前に進むと見せかけて後退するムーンウォークもいわは「不安定な状態」。そこに私たちが見出す神々しさ。

「スピンをしてつま先で静止したままでいたかった。でも思ったようにはうまくいかなかった。」というマイケルに、博士はレナード・コーエンの「チェルシー・ホテル」の一節を贈って講義を締めくくっている。

「気にしない。私たちは醜い。でも、私たちには音楽がある」

ええ、ええ。私たちにはマイケルがいる。

(by 文字ばっかりでごめんなさいのマンミラ堂店主)







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