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マンミラ堂-MJとWuauquikuna、ときどきナダルの日々-

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『大統領の執事の涙』(2013/米)を見ながらマイケルを思う 

先日、『大統領の執事の涙』を見ました。 
マイケルにインタビューしたオプラ・ウィンフリーも主人公セシルの妻役として出演していて、そこからしてマイケルを思わずにはいられません。


あらすじは・・・

黒人差別が日常で行われていた時代のアメリカ南部。
幼いセシル・ゲインズは、両親と綿花畑で小作農として働いていた。
しかし、ある事件で親を失い、ハウス・ニガー(家働きの下男)として雇われる事に。
「ひとりで生きていく」
努力の末、見習いから高級ホテルのボーイになった青年は、
その仕事ぶりが認められ、遂にはホワイトハウスの執事となる。
キューバ危機、ケネディ暗殺、ベトナム戦争……
アメリカが大きく揺れ動いていた時代。
気づけば、歴史が動く瞬間を最前線で見続けることとなったセシル。
ホワイトハウスの執事として求められるもの、それはその空間の“空気になる”事。
国を揺るがす重要な会議に立ち会えば、存在を消して仕事をこなし、
黒人として大統領から質問をされれば、「求められる回答」で答え、
いつでも忠実に働き続ける。
心の中には黒人としての、そして身につけた執事としての“誇り”を持ちながら。
その姿が歴代大統領や共に働く仲間の信頼を勝ち取り、
さらには世間の【黒人への意識】を変えるきっかけともなっていく。
「世の中をよくするために、父さんは白人に仕えている」
彼の仕事に理解を示しながら、寂しさを募らせる妻。
父の仕事を恥じ、国と戦うため、反政府運動に身を投じる長男。
その兄とは反対に、国のために戦う事を選び、ベトナムへ志願する次男。
大統領の執事でありながらも、夫であり父であったセシルは、
家族と共にその歴史に翻弄されていく。
激動の時代の中、彼が世界の中心・ホワイトハウスで見たものとは?
そして人生の最後に流した、涙の理由とは―。 (公式サイトより)


直接的にマイケルが登場する訳ではありませんが、「政治家のいわば側近として見た黒人史」という新しい視点で描かれた本作は、マイケルがアメリカ社会でどう生きたかを客観的に見ることができるのではないかと思います。

印象的なシーンは主に2つありました。

ひとつ目は、レーガン大統領。
青少年の模範的存在としてホワイトハウスに招待された当時のマイケルはあまりにも有名ですが、一方のレーガンは当時南アフリカのアパルトヘイトを擁護する立場もとっていた訳で、国内向けの顔と外交政策とには大きな隔たりがありました。

Reagan_Michael.jpg

レーガン大統領とマイケルについては、FOEVER MICHAEL さんのブログで見ることができますが、そうした中でのマイケルとは一体何であったのだろう?と少し複雑な気持ちにさせられます。

ちなみに、レーガンの妻・ナンシーをジェーン・フォンダが演じていて、これまたソックリで流石という感じ。
彼女といえば『We Are The World』のビデオで案内役を務めており、ここでも密かなマイケル繋がりを感じてしまいました。

二つ目のシーンは、主人公セシルが大統領の晩餐会にナント賓客として招かれる場面。
黒人の執事仲間が給仕する姿を見て落ち着かないセシルは「招かれる側と給仕する立場では全く違う。皆、白人向けの顔をして給仕している」と独白します。

マイケルの古巣Jackson5が属したモータウンも白人向けの黒人音楽産業と当時揶揄されましたが、そうせざるを得ない社会の動きというものが立場が変わることによって鮮明になるのは意義深くもありジレンマでもあり、マイケルも何かに引き裂かれるような思いを抱きながら歌い続けてきたのだとしたら心が痛む思いです。

黒人史を扱った映画としては、セシルの独白を中心に淡々と展開していく静かな作品と言えますが、見終わった後は一人の人間のしなやかな強さと少しの安堵を感じました。
たまにはこういう角度からマイケルを見てみるのもアリではないかなと思った次第です(*^_^*)

(by マンミラ堂店主)


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マイケルと映画の輪(その3) 続「ショーシャンクの空に」とStranger In Moscow 

7月もあっという間に後半戦。3連休はいかがお過ごしでしたか?
庭の菜園にもいろいろな野菜が実りはじめました
とうもろこしは数こそ少なかったものの、ツヤツヤで甘くって思わず椅子から飛び上がるほどに美味しかったです。
そして。。。カボチャを植えたはずなのに、なぜか細長いズッキーニがなりました!

そんな訳で(どんな訳で?)「マイケルと映画の輪」第3弾。今回で一段落の予定です。

その1でお話した、「ん~?」なシーンというのはこれでした。
左が Stranger In Moscow の最後の場面。右が『ショーシャンクの空に』のチラシ。(画像は全てクリックで拡大します。)
strangerinmoscowrain2.jpg shawshankdvd.jpg

マイケル、この映画に触発されたのかな?ただしマイケルのこと、絵的に美しいからとかいう、単なる真似じゃないよな。(映画の方がマイケルに触発された可能性は、分かりませんが。)

少々ネタバレになりますが、ショーシャンクのアンディは、実は無実の罪で終身刑を言い渡され、失意のうちに収監された元銀行員のエリートでした。暴力や蔑視が当たり前の刑務所で、その日常に耐えながらも囚人仲間の信頼を得、釈放への希望を捨てずに過ごすアンディ。そしてリタ・ヘイワースのグラビアの陰で、夜な夜な壁を掘るアンディ・・・。

↑の写真は、どちらも「解放」の場面です。マイケルはすべての憂いを洗い流す雨に打たれ、アンディは脱獄に成功した喜びの感情を雷雨の中で爆発させます

ショーシャンクの物語は刑務所を描いてはいますが、「ここでは皆が無罪だ」のセリフに表れているように、私たちを取り巻く厳しい現実を暗に示しています。「柵」と書いて「しがらみ」と読むように。

一方で、Stranger In Moscow にも同じように悩める人々が登場します。
少し話はそれますが、この悩める人々、マイケルの他のSFに出てくる人物を彷彿とさせるところも面白いです。例えば、道端のホームレスはBillie Jean、カフェの女性は今にして思えばSlave To The Rythm、ボールを見つめる少年はChildfood、黒人の男性はBlack Or Whiteか?
そして、窓から雨の街を見つめる初老の男性は、ショーシャンクのレッド(アンディの親友)を思わせる。
StrangerInMoscowoldman.jpg shawshankdvd2.jpg

ところで、Stranger In Moscow の登場人物たちが見るのは一定の法則をもった美しい自然の動き。悩めるがゆえに見えるもの=真実や本質(美は真であるという考え方はかねてからあるように。ちなみにストモスの監督は優れた自然写真家のN.ブラント)。それが生きる希望へと変わる。(この「希望」はショーシャンクでも重要なテーマとなっているが、それは忍耐と隣り合わせの小さな実践の積み重ねとして描かれている。)

Stranger In Moscow のラストで、希望を得た人々は一様に雨の通りへと飛び出していき、マイケルも同様に雨に打たれる。Stranger In Moscow の歌詞は1993年の虐待疑惑でボロボロに傷ついた心情を現しているけれど、このSFのマイケルはその憂いから解放されたように見えて救いのあるエンディングにホッとする。

でも、マイケルとアンディのよく似たシーンはそれ以上のものを感じさせます。つまり、Stranger In Moscowは、マイケルの無実であることの主張と受難からの復活を訴えたSFだということ!

StrangerInMoscowmichael.jpg shawshankrain.jpg

(by 日本でも一時期、ストモス的スロー映像のCMが流行ったのが懐かしいマンミラ堂店主)




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tag: StrangerInMoscow  リタ・ヘイワース  ショーシャンクの空に 

マイケルと映画の輪(その2) 「ショーシャンクの空に」とStranger In Moscow 

今日はムシムシするなぁと思っていたら、雨が降ってきました。梅雨明けまでにはもう少しかかりそう?

さて、「マイケルと映画の輪」第2弾。

スティーブン・キングの作品で映画化されたものは、リバー・フェニックスの早すぎる死で伝説となった『スタンド・バイ・ミー』、トム・ハンクスの『グリーンマイル』などなど数多くあります。なかでも『ショーシャンクの空に』(1995年)は、その年のアカデミー賞7部門にノミネートされ高く評価されました。

この映画こそが、Stranger In Moscowとのつながりを強く感じさせる作品なのですが、
① この映画とマイケルとのつながり
② この映画とStranger In Moscowのつながり
に分けて整理してみたいと思います。

今日は①から。
『ショーシャンクの空に』は、もともと『刑務所のリタ・ヘイワース』と題されたスティーブン・キングの小説でした。

【あらすじ】

殺人の罪でショーシャンク刑務所に収監され、よろず調達屋として過ごすレッド。1948年、アンディー・デュフレーンが妻とその愛人を殺した罪でショーシャンク刑務所に入所してくる。アンディーは無実の罪を主張していた。アンディーはレッドにリタ・ヘイワースのポスターの調達を依頼する。やがて、アンディーは次々と奇跡を起こす。(by Wiki)


リタ・ヘイワースの名前にピンときた方もいらっしゃるでしょう。
1940年代のセックス・シンボルとして名を馳せた女優でダンサーのリタ、1946年の『ギルダ』、フィルム・ノワール。
映画 This Is It の Somooth Criminal で使われた、ギルダが色気たっぷりに脱ぎ捨てた手袋をマイケルがキャッチするあの場面!

しかもリタは、『ギルダ』に出演する前には、ジンジャー・ロジャースの後釜としてフレッド・アステアと2本の映画を撮っています。
『踊る結婚式』(1941年)と『晴れて今宵は』(1942年)がそれで、内容はアステアの一連の作品と違わないコメディー・テイスト。(おそらく少年マイケルはアステア作品からギルダへと流れたのでしょう。)

リタのダンスは、ジンジャーよりダイナミックというか大柄な印象を受けますが、
晴れて今宵は(1942)
アステアと息の合ったタップを披露しています。
踊る結婚式(1941)

そんな彼女が『ショーシャンクの空に』では1枚の『ギルダ』のグラビアとして姿を現すのですが、むさくるしい刑務所にあってまさに彼女は希望の星。そして主人公のアンディーにとってそれは単なる希望ではない。そんな伏線として彼女は重要な役目を担っています。
それにしても、アンディーがムショ内の“調達屋”レッド(モーガン・フリーマン)に彼女のグラビアを頼むシーンは、マイケルの This Is It におけるギルダを見ているかのような錯覚に陥ります。

今回は、『ゴースト』も書いたスティーブン・キングの『ショーシャンクの空に』が、「リタ・ヘイワース」でマイケルとつながっているというお話でした。ややこしいね^^;
Stranger In Moscowとのつながりはまた次回に

(by 土砂降りになってきた~道に飛び出さなくちゃ Stranger In マンミラ堂)



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tag: StrangerInMoscow  ThisIsIt  フレッド・アステア  リタ・ヘイワース 

マイケルと映画の輪(その1) シザーハンズとゴースト 

九州の南部では、今日梅雨明けしましたね。

梅雨にちなんで雨の洋楽というと、ガゼボの I Like Chopinフィル・コリンズの I Wish It Would Rain Down なんかを思い浮かべますが、忘れちゃいけないのが我らがマイケルのStranger In Moscow。

特に、ショートフィルムのStranger In Moscow。これを最初に見た時から「ん~?」と思うことがあり、掘り下げてみると想像以上に深いメッセージがこめられているのではないかと、いや、いるに違いないと思うに至りました。
ちょっと長くなるので、「マイケルと映画の輪」と題して何回かに分けて書いていきます。

「ん~?」と違和感を感じてから(ほったらかしにして)20年目の真実!遅w
結論を追うというよりも、各回の小話を楽しんでいただけたら幸いです。

掘り下げるそもそものきっかけになったのが、『シザーハンズ』(1991年)。
この映画はジョニー・デップの出世作となり、相手役のウィノナ・ライダーとも婚約まで発展したことで有名ですね。

【あらすじ】

エドワードは、発明家の博士によって生み出された人造人間。だが、完成直前に博士が急死してしまった為、彼は両手がハサミのままこの世に残されてしまう。その後、ゴースト屋敷のような丘の上の家で、顔が傷だらけで孤独な日々を送っていた彼の元にある日、化粧品のセールス・ウーマンのペグが訪ねて来た。心優しい彼女は、そんな彼の姿に同情し、自分の家に連れて帰る。そうして家の中へ通された彼は、写真に写っているペグの娘キムに心奪われ、彼女に恋してしまうが……。
allcinemaより)


この映画の後半、犯罪者扱いされたエドワードの住む屋敷に街の人々がつめかける場面は、マイケルの『ゴースト』冒頭を彷彿とさせます。デジャビュです。散々エドワードの才能と純粋な心を利用しておきながら、犯罪者呼ばわりする街の人々。窓からキムの元恋人が落ちるところも、ゴーストで市長が再現しています。

そして、シザーハンズとマイケルの繋がりはその物語性だけではありません。

シザーハンズの監督はティム・バートン。
マイケルとミュージカル版『肉の蝋人形』(オリジナルは1953年のホラー映画)を企画し、結局実現しないままになったというエピソードがあり、このシザーハンズもゴーストに影響を与えていたと思われます。

しかし、ゴーストが1993年に撮影を開始した頃は、マイケルの作品としてではなく『アダムスファミリー2』のプロモート用に企画されたものでした(ミック・ギャリス、「ゴースト」撮影について語る2)。要するに販売促進にマイケルの力を借りようとした。ところが、マイケルに虐待疑惑が発生して計画は頓挫。1996年に再開されるにあたり、マイケルの作品として再出発したのでした。

そしてもっと重要な繋がりが、シザーハンズで特殊メイクを担当していたスタン・ウィンストン。
そうです、ゴーストの監督をしたのがまさしく彼で、マイケルとは1978年のWIZ時代からの友人でした。シザーハンズの制作陣の一人がゴーストも手掛けたというわけ。
旧友の縁なのか、マイケルがシザーハンズに心酔してなのかは不明ですが、映画で使われたエドワードのハサミを譲り受けていたマイケル。2009年、死の直前に予定されていたネバーランドのオークションにも出品が予定されていたのでご存知の方も多いでしょう。
scissorhands.jpg

マイケルの『ゴースト』を見ても『シザーハンズ』を思い浮かべることはないのに、『シザーハンズ』を見るとマイケルがモデルかと思えてしまう怪。
もっとも、マイケルはエドワードとちがってもっと理性的で物事を俯瞰して見られる人でしたが、当時のマスコミと劇中の民衆とがあまりにも似通っていて驚きます。(こんちくしょう)

それはさておき、ゴーストのもう一人の制作者といえば、スティーブン・キング(脚本)。自著の多くが映画化されている売れっ子です。そのスティーブン・キングといえば・・・
続きは次回に


(by 映画館のポップコーンは必ず食べきれず持ち帰るマンミラ堂店主)



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tag: ゴースト 

昨夜放映のフリー・ウィリー 


真夏が近いということもありますが、やはりマイケルの命日に合わせて放送されたんでしょうか?そう思いたいなぁ

せっかくなので先日UPした記事を再掲します。(もう読んだよーという方、ごめんなさい。)
マイケルが映画 Free Willy のサントラを手掛けた理由


ところで、主役(ジェシー役)のJ.J.リクター君と、養父役のマイケル・マドセンはマイケルのショートフィルムにもカメオ出演していますね

◆ リクター君は Childfood で森をさまよう少年に手を差し伸べる役
映画で孤独なストリートチルドレンだった彼が、今度は同じ境遇の少年を助けるというマイケルらしい演出。
2014-06-29 23-24-11 2014-06-29 23-24-58

(3分30秒~)



◆ マイケル・マドセンはクレジットもあり。悪役が多い彼ならではの役どころで出演しています。
2014-06-29 23-26-02




一つの出会いを次につなげていくマイケル。今見ても、素敵だなと思います

(by ナスを見るとシャチ(ウィリー)を思い出すマンミラ堂店主)


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tag: フリー・ウィリー  ネイティブ・アメリカン 

マイケルが映画 Free Willy のサントラを手掛けた理由 

ジョーの本『息子 マイケル・ジャクソンへ~天国への遺言状~』の第2章には、ジョーやマイケルのご先祖について詳しい記述がある。

当初は「ジョーの本か・・・(-_-;)」と放置していたんだが、他のことはさておき、これだけでも読む価値は大アリでっせ!無論、20年以上も前に、マイケルのびっくりなご先祖として本国アメリカでは新聞記事になっていたし、同じ頃出版された『マイケル・ジャクソン現象』(三井徹著)でも少し触れられていた記憶がある。

本書では、中でもネイティブ・アメリカンのメディスンマンだったマイケルの曽祖父ネロについて一番詳しく語られている。正確にはブラック・インディアン(母方が黒人奴隷)だったネロ。母方の身分ゆえに奴隷として農園で働き、何度も脱走を図っては連れ戻され鼻に焼印を押され・・・。そんな苦難を乗り越え、父方から受け継いだ治療師として活躍し、富と名声を手に入れるも、雇い入れた白人従業員によってその農場も乗っ取られてしまう。晩年は独り静かに過ごし、96歳で亡くなる。

と、まあこんな感じ。1滴でも黒人の血が入っていれば差別と排斥の対象となった時代に、一時期であれこのような資産を築いたブラック・インディアンは他に例がないとジョーは言う。そして何より皆から慕われたネロ。
う~ん。何だかマイケルも似たような人生を送ったような気がしませんか?

話は脱線するけれど、心理療法の一つに「ファミリーコンステレーション」というのがあるそうな。
マイケルが鼻の整形にこだわったのも、濡れ衣を着せられて逮捕されたのも、借金について騒がれたのも、無意識にご先祖ネロと関係していたからなのかと思わずにいられないです

同時に、平和や自然との共存を願うマイケルの心も、脈々と受け継がれてきたものであることがよーく分かるのです。
先ほどの『マイケル・ジャクソン現象』には、"プレスリーやビートルズと違って、マイケルは革命的なメッセージを掲げていない"という趣旨のことが述べられているけれど、それこそ見当違いってもんです。きっと当時は多くの人には見えなかったのでしょう。

と、いろいろ総合してから、映画「フリー・ウィリー」を改めて見ると、なぜマイケルがこの映画のサントラ制作を買って出たかが腑に落ちる。
公開当時は、子ども(ジェシー)と動物(シャチのウィリー)の関係が一番分かりやすい理由だったけれど、もう一つ、ハイダ族のランドルフの存在がマイケルの心を動かしたのだと確信を持って思う。
彼が、ハイダの若者ナチクラネーの伝説をジェシーに聞かせて以降、ジェシーは里親との距離を縮め、ウィリーとの絆もますます深くなっていく。
そして、最後にウィリーが海に帰って「自由」になるシーンでも、ナチクラネーの呪文が使われています。なぜ「自由」とカッコつきで書いたかというと、ここではウィリーの解放というだけでなく、苦しい生活を強いられてきたアメリカ先住民の解放の象徴でもあるように思えるからです。

残念ながらランドルフ役のオーガスト・シェレンバーグさんは、昨年肺がんで亡くなられて今はマイケルのそばにおられます。
『フリー・ウィリー』のオーガスト・シェレンバーグさん、肺がんで死去(2013年8月15日、享年77)

ちなみに、劇中のハイダ族とは
「150の島々からなるクィーンシャーロット諸島に住みハイダ語族に属する唯一の部族 「ハイダ族」は、ノースウェストコーストインディアンを代表する部族です。ハイダの力強い芸術作品はおそらく最もよく知られた古典的なノースウェストコーストの文化スタイルでしょう。設計は大胆で、小型のアーギライトの彫刻でさえ重厚間に満ち溢れています。頭の大きさが身体と同じくらい大きく表現されて、バランスと対称の取れたスタイルはハイダ芸術の強い特徴です。伝統的なペイントは主に黒と赤が使用されて描かれています。そしてハイダには多くの伝説の物語が残されており、トーテムポールをはじめアーギライトの彫刻やジュエリーなどに表現されて、多くの作品が生み出されています。」(ファースト・ネーションズ

そしてシャチの存在はランドルフも教えてくれましたが
「シャチは海の守護者であり、長寿の象徴です。特に全てのGood(心の優しさ、忠実さ)の象徴 でもあります。バランス。旅行者。 Haida族では、シャチは海の中で人間とよく似た、複雑な社会を作り暮らしているといわれてい ます。そのために、シャチは生まれ変わった人間の先祖であると信じられています。また、部 族の長が死ぬとシャチになり海に帰るとも言われています。」(カナダ先住民ジュエリー・シンボルの意味

ボブ・タルボットの見事なシャチの映像と相まって、マイケルは壮大な命の循環をこの映画に感じていたのかもしれませんね。そして、主題歌が例えばHeal The World などではなくて Will You Be There というのも、苦難の歴史を歩んできた人々への哀悼と代弁であるように感じられます。





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